にしおぎ物語(フリー台本/5~6人用)

このフリー台本は「Zoomを使った朗読劇」として書かれた作品ですが、音声と静止画を使った紙芝居風の作品や、劇場での上演にも十分対応できる構成になっています。

長さは40分ほどです。
前半20分、後半20分、と区切りのいい箇所を作ってあります。

5人の登場人物と「語り」があります。

STORY
究太郎はプログラミングが得意な賢い小学生。
小さいときにママが亡くなってしまったけれど、パパに愛されながら元気に暮らしている。
ある日、「AIベアーのkohanaちゃん」というおもちゃのぬいぐるみを改造して機能アップを成功させた。
街の人々を困らせるイタズラAIのジョニーと勝負だ!
しかし、頼りなさが抜けないkohanaちゃんは勝負に負けてしまう。
そう思ったとき、kohanaちゃんに「ある人の想い」が乗り移る――

父と母と子の絆の物語。

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台本中に【画面共有】とある箇所は、Zoomの【画面共有】機能を使用するという意味です。
配信ソフトを使って配信する場合は静止画を差し込んだり、劇場で上演する場合はプロジェクターで投影するなどが考えられます。
台本通りに上演することが難しい場合はアレンジして構いません。

【M(音楽)】【SE(効果音)】はご自身で用意する必要があります。

kohanaちゃんは、クマのぬいぐるみを舞台上、または画面に映して声をアテる想定で書かれています。

ページ末尾にフリー台本としての[利用規約]があります。利用の際にご確認ください。

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にしおぎ物語 ~AIベアーのkohanaちゃん~


[登場人物]
研究太郎(とぎ きゅうたろう)(9)
明るい性格。小学3年生にしてコンピュータープログラミングができる。でもつめが甘い。失敗してもめげない。
※「とぎ」のアクセントで迷った場合は、平板に読んでください。

研翔平(とぎ しょうへい)(40)
究太郎の父。写真家を目指している。ちょっと頑固。ピンチに弱い。

AIベアーのkohanaちゃん(漢字では心花(こはな)と書く)
※kohanaのkoにアクセントがあります。

研美咲(とぎ みさき)(享年32)
究太郎の母。翔平と同い年。

イタズラAIのジョニー

語り


[以下本文 前半およそ20分]

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美咲「究太郎、ママはいつも天国から見守っているよ」

【M】オープニング曲。

庭にたくさんの木が植わっている古い平屋の一軒家。西側に小さな部屋があって、天井まで届く大きな本棚と、しっかりとした木の机が置いてある。
広くはないけれども立派な書斎だ。緑色のランドセルを背負った男の子が、立ったままパソコンのキーボードを打っている。
パソコンにはAIベアーが繋がっている。AIベアーって?
AIは人工知能のこと。
だけど、今はよくわからくても大丈夫。
この話が進んでいったら段々わかってくるから。
街にはボランティアでプログラミングを教えてくれる先生がいて、この男の子、研(とぎ)究太郎(きゅうたろう)君は先生からプログラミングの面白さを教わり、学校から帰ったら脇目も振らず書斎に行って、パソコンを開くようになった。
まだ小学3年生なんだけど、わからないことはネットで調べて、大人がびっくりするような難しいプログラムも作れるようになっている。

【SE】ドアの音。

あ、玄関の方で音がした。パパが帰ってきたみたい。それにしても「ただいま!」って声もなくて、どうしたんだろう。
究太郎が行ってみると、パパが庭を眺めながら溜息をついていた。
パパの足元にカメラバッグが転がっている。

【画面共有】玄関にカメラバックが転がっている画像。

街の写真を撮りに行ったけど、良い写真が撮れなかったのかな。
それとも、パパはカメラに熱中しすぎて他所(よそ)の庭に入ってしまうこともあるから、またお巡りさんに怒られたとか。
パパの名前は、研翔平という。写真家を目指している。本気の本気なんだけど、10年やってもまだ芽が出ていない。うまくいかなくて落ち込むこともある。
いやいや、それとも、天国にいる奥さんを思い出して寂しい気持ちになっているのかな。翔平の奥さん、つまり究太郎のママは、究太郎が一才のときに病気で亡くなってしまった。だから究太郎にはママの記憶がない。究太郎はママが生きていたら、どんな毎日だっただろうと想像してみる。でもママがいないことに慣れているから、あんまりうまく想像ができない。優しいパパがいてくれるし、寂しいとは思わない。でもパパは、ママが恋しくて落ち込むときがある。そういうときはだいたい、いい写真が撮れなかったときでもあるのだけれど。
翔平「これは・・・痛いなぁ・・・(独り言)」
究太郎「パパ! どうしたの!?」
翔平「(驚いて)究太郎、『ただいま』ぐらい言いなさい」
究太郎「部屋にいたよ」
翔平「そのランドセルは?」
究太郎「あ、下ろすの忘れてた」
翔平「熱中すると周りが見えなくなるのは、俺に似たんだな(苦笑)」
究太郎「パパは、写真を撮ってて犬に噛まれたの?」
翔平「(首を振る)違う、痛いのは、心だ・・・」
究太郎「洗濯物を泥棒する人と間違えられたとか?」
翔平「そうだよ。下着泥棒と間違えられたときは痛かった・・・じゃなくて今回の場合は、盗まれた・・・」
究太郎「盗まれた? 下着を?」
翔平「心が痛む。それ以上聞かないでくれ」
究太郎「気になる」
翔平「謝っても謝りきれない・・・」
究太郎「謝る?」
翔平「(唸って)ダメだ・・・言えない!」
究太郎「パパ、親子なんだから恥ずかしがらないで、ほら、ズボン脱いでよ。ほら!」
翔平「や、やめて、やめて」
究太郎「なあんだ、ちゃんとパンツ穿いてる」
翔平「だ、誰が穿いてないって言った」
究太郎「じゃあ、なんで溜息ついてるの?」
翔平「究太郎、落ち着いて聞いてくれ。ママのデータを盗まれた」
究太郎「あ! もしかしてイタズラAIのジョニーに!?」
翔平「鋭いな!」
究太郎「学校でも、ジョニーの話でもちきりだから」
翔平「井の頭公園で野良猫の写真を撮っていたら、カメラの液晶画面にカラスのイラストが出てきて、こう言ったんだ」
ジョニー「空の盗賊ジョニーだぜ。どんな写真を撮ってるんだ? ケッ、どれもシケた写真だな。他に宝物は持ってないのか?」

【SE】カラスの羽の音。

翔平「カメラの液晶画面から居なくなったと思ったら、次はスマホの画面に現れた」

【SE】ガサゴソと探す音。

ジョニー「見つけたぞ! 研美咲という女のデータがたくさんあるぞ。あんたの宝物だな」
翔平「うわ! なんでわかる!」
ジョニー「いただきだぜ!」
翔平「やめろー!」
ジョニー「ヒャッホーイ!」

【SE】カラスが飛んでいく音。カァ、カァ。

翔平「ごめん! 究太郎! そういうわけで、ママの写真とか動画を盗まれたんだ!」
究太郎「大丈夫だよ。僕のパソコンにコピーがある」
翔平「それが、パパだけが持ってるデータがあったんだ。究太郎が小学校を卒業するときや、成人式のときに見せて欲しいって、ママが残した動画が、たくさん」
究太郎「僕がまだ見ていないママが、たくさん・・・」
翔平「ジョニーのやつ! 極悪非道なAIめ!」
究太郎「ううん、ジョニーは、ただイタズラが好きなだけって聞いたことがある」
翔平「(怒りと焦りが混じって)ジョニーがああいうもんだって、初めてわかった。現実にカラスが飛んでるわけじゃないんだよ。画面の中だけに出てくるんだ」
究太郎「パパもそういうスマホのゲームやったことあるでしょう? あれとおんなじだよ」
翔平「あのカラスは一体何者なんだ」
究太郎「もともとゲームのキャラクターで、それがスマホの地図の中に逃げ出したんだって」
翔平「なんとかしてデータを取り返す方法はないのか?」
究太郎「(閃いて)ジョニーはゲームが大好きなんだよ!」
翔平「ゲームに、勝てば!?」
究太郎「取り返せる!」
翔平・究太郎「いえーい!」
究太郎「でも、AIにゲームで勝てるかな」
翔平「究太郎なら、できる!」
究太郎「(呟き)必要は発明のママ・・・必要は発明のママ・・・」
翔平「ことわざか?」

【SE】閃いた音。

究太郎「AI同士、勝負させよう!」
翔平「AI同士?」
究太郎「そう! 僕は心花ちゃんを改造してるんだ!」
翔平「AIベアーの心花? あの出来損ないのおもちゃを?」
究太郎はクマのぬいぐるみを持ってきて、翔平に見せた。カラフルな色をしたクマで、光る鼻が付いている。これがAIベアーの心花ちゃん。話しかけると答えてくれるおもちゃなんだけれど、かなり頭が悪くて、全然売れなかったらしい。究太郎が改造してどう変わっただろうか。

【SE】心花が起動する音。

心花「初めまして、私はAIベアーの心花ちゃんです。たくさんの機能があります。試しに何か話しかけてみてください」
究太郎「心花ちゃん、ママのデータを取り返したいんだ」
(心花は答えない)
究太郎「(強めに言う)心花ちゃん、ママのデータを、取り返したいんだ」
(少し間が空く)
心花「ちょっとよくわかりません」
翔平「(苦笑い)前からこんな感じだ」
究太郎「(少し慌てて)心花ちゃん、今日の天気を教えて」
(ちょっと間が空く)
心花「窓の外を見てみることをおすすめします」
翔平「なんだそりゃ」
究太郎「(慌て気味に)僕は君を改造した研究太郎だよ! わかる?」
心花「究太郎君、お目にかかれて光栄です。心花ちゃんはあなたのお陰で生まれ変わりました。これからどんなに楽しいことが待っているかと思うと、踊り出したい気分です」
翔平「これ、踊るのか?」
心花「気分だけです。踊る機能などありません」
翔平「そうか。言い方にトゲがあるな」
究太郎「(翔平に)まだ赤ん坊みたいなもんなんだ。でも前より機能はよくなってるはずだよ。心花ちゃん、イタズラAIのジョニーはどこにいる?」
(ちょっと間が空く)
心花「マップを検索します。(少し間があって)ジョニーは、西荻窪駅近くにいます」
翔平「すごい!」

【SE】雑踏の音。

心花「ジョニーは、この先、南口の商店街にいます」
翔平「ん~? カラスなんていないぞぉ。いつもと変わらずピンクの象がアーケードにぶら下がってるだけだ」
究太郎「パパ、スマホを貸して」
翔平「いいぞ」
究太郎「代わりに心花ちゃんを抱いてて」
翔平「ん、大人がクマのぬいぐるみを抱いているのは、ちょっと恥ずかしいな」
究太郎「ほら、こうやってスマホのカメラを通して見ると」
翔平「ああ! ピンクの象の上にカラスがいる」

【画面共有】カラスのイラスト

【SE】カァ、カァ。

翔平「おい! ジョニー! 盗んだものを返せ!」
ジョニー「井の頭公園で会ったやつだな。お前のアイドルを返してほしいのか?」
翔平「美咲はアイドルじゃない! 俺の妻だ!」
ジョニー「妻の動画を何千回も見てるのか?(あざ笑う)」
翔平「妻は・・・AIに何がわかる! とにかく返せ!」
ジョニー「やなこったー」
究太郎「ジョニー、ゲームをしようよ!」
ジョニー「お、ゲームと来たか、大切なものを賭けるんなら受けてやってもいいぜ」
究太郎「パパ、大切なものだって」
翔平「よーし、こっちのカメラの中を見ろ! 芸術写真だぞ!」

【画面共有】翔平が撮った面白写真1

ジョニー「は? 〇〇が写ってるだけじゃねぇか」
翔平「なにぃ、この面白さがわからないのか!? これならどうだ!」

【画面共有】翔平が撮った面白写真2

ジョニー「ん? これのどこが面白いんだ?」
翔平「なにぃ! これならどうだ! 傑作だぞ」

【画面共有】翔平が撮った面白写真3

ジョニー「なんだこれ? 意味わかんねぇ」
翔平「なんだと! よく見ろ! こんな写真撮るやついないって、カメラ仲間にも驚かれたんだぞ!」
究太郎「それって褒めてるの?」
翔平「究太郎まで」
究太郎「ジョニー! ゲームの相手は、このAIベアーの心花ちゃんだよ! 勝負してみたいと思わない?」
ジョニー「AIとの勝負? へへへ、それは面白そうだな。どんなゲームで勝負したい?」
究太郎「ジャンケンでどう!?」
ジョニー「おいおい、俺はカラスだぜ。この羽でどうやってジャンケンするんだ」
究太郎「心花ちゃんも声しかないよ!」
ジョニー「そうきたか、いいぜ、声のジャンケンだな」
究太郎「心花ちゃん、さあジョニーとの勝負だ! 頑張って!」
ジョニー「よーし、いくぜ~、ジャーンケーン、チョキ!」
心花「ちょっとよくわかりません」
究太郎「ジャンケン、わからないの!?」
翔平「心花~(残念な気持ち)」
ジョニー「バカバカしい、付き合ってられねぇ、あばよ」
翔平「ん~! 俺と勝負だ!」
ジョニー「しょうがねぇなぁ。じゃあいくぜ。ジャーンケーン、チョキ!」
翔平「パー!(手も一緒に出す)・・・ああ!」
ジョニー「俺がチョキで、あんたがパー、へへ、俺の勝ちだ」
翔平「さ、三回勝った方が勝ちだ!」
ジョニー「いいぜ。ジャーンケーン、チョキ!」
翔平「パー!(手も一緒に出す)」
ジョニー「へへ、どうだぁ俺の分析力は」
究太郎「ジョニーはチョキばっかり出してるよ。パパもよく考えて!」
翔平「それよりこいつ、後出ししてるんじゃないか!?」
ジョニー「バカ言うな。そりゃ電波の問題だ」
翔平「電波? どういうことだ?」
ジョニー「ほら行くぞ! ジャーンケーン、パー!」
翔平「グー!(手はチョキ)」
ジョニー「は~? 口と手が違うじゃねぇか。やってられねぇ。全然つまんなかった罰だ! 研美咲のデータを消去してやる!」
翔平「ああ! やめろ~!」
究太郎「ママのメッセージを消さないで!」

【SE】心花が起動する音。

心花「心花ちゃんが、ママのデータを取り返します」
ジョニー「な、なんだ!」
心花「心花ちゃんが、ママのデータを取り返します」
ジョニー「お、俺の中に入ってくるな!」
心花「心花ちゃんが、ママのデータを取り返します」
ジョニー「うわ~~~!」

【SE】ゲームで敵を倒した音。またはアイテムをゲットした音。

[後半およそ20分]

ジョニーは、スマホの画面から消えていなくなった。商店街で究太郎と翔平がスマホを覗き込んだり、ぬいぐるみに話しかけて騒いでいたから、通りすがりの人からジロジロと見られた。それはちょっと恥ずかしかったみたいだけれど、二人はママのデータを取り返すことができて、大喜びで家に帰った。
究太郎「心花ちゃん、ママのデータをどこに保存したの?」
翔平「スマホには戻ってないぞ」
心花「私の中に入っています」
究太郎「じゃあ、スマホに移動させて」
(間が空く)
究太郎「心花ちゃん、スマホに、移動させて」
心花「どうもうまくいきません」
翔平「ほんとに取り返したのか?」
心花「私の中に入っています」
翔平「試しに、小学校卒業をお祝いしたママの声を再生して」
心花「究太郎君はまだ小学3年生です」
翔平「だからぁ! 試しに!」
心花「ちょっとよくわかりません」
翔平「本当に取り返せたのかを、試しに再生してと言ってるのがわからないのか!?」
究太郎「パパ、興奮しないで」
翔平「はあ、はあ(と息遣い)」
究太郎「パソコンを繋いで、心花ちゃんの中を調べてみる」

【SE】キーボードを叩く音。

究太郎「そっか!」
翔平「何がわかった?」
究太郎「ママのデータで学習している途中なんだ。だから移動できないんだ」
翔平「学習はいつ終わる?」
究太郎「AIは学習し続けるから、終わらないかも」
翔平「じゃあ、取り出せないじゃないか」
究太郎「リセットすれば取り出せると思う」
心花「私をリセットしますか?」
翔平「なんか、勿体ないな」
究太郎「うん、二度と同じものはできないと思う」
心花「まだまだ成長します、リセットしないでください」
翔平「心花には・・・気持ちがあるのか?」
究太郎「僕にも、わからない」

【SE】時計が時を刻む音。

ママのデータを取り出そうと、別の方法を探したけれど、見つからなかった。また明日研究してみることにして究太郎は布団に入った。翔平は夜遅くになっても、ソファーでお酒を飲んでいた。
ママのメッセージを究太郎に見せたい。ジョニーに笑われたように自分は何千回も動画を見ている。ママは、アイドルみたいなものだ。
そんなことを考えているうちに、翔平はそのままソファーで眠ってしまった。つきっぱなしになっていたテレビと部屋の明かりが、誰も触っていないのにふっと消えた。翔平はそれに気付かず、真っ暗なリビングで、妻、研美咲の夢を見ていた。外は雨が降っていた。

【SE】雨の音。

美咲「翔平、写真がんばってる?」
翔平「がんばってる」
美咲「必ず写真家になってね」
翔平「わかってる」
美咲「翔平には才能があるから」
翔平「うん、俺には、才能がある」
美咲「私は、翔平の写真が好き」
翔平「また美咲を撮りたい」
美咲「そばに居てあげられなくて、ごめんね」
翔平「究太郎は寂しくないかな」
美咲「究太郎は大丈夫、翔平がいるから」
翔平「俺はちゃんと育てられているかな」
美咲「究太郎はいい子に育ってる」
翔平はふと、自分は夢を見ているのではなく、暗いリビングで誰かと話をしているような気がした。ソファーの上で体を起こして、暗闇に目を凝らした。
翔平「美咲、そこにいるの?」
美咲「いるよ」
翔平「会いたかった!」
美咲「私も」
究太郎「パパ、誰と話しているの?」
パジャマ姿の究太郎が目を擦りながらやってきて、明かりをつけた。
翔平はカーテンのそばや、テレビの前、壁に掛かっている時計の前に、美咲が立っているのではないかと探した。けれども美咲はいなかった。壁の時計は夜中の12時をさしていた。
翔平「お、俺は、誰と話していたんだ?」
究太郎「もしかして、心花ちゃんと?」
心花「はい、私とお話ししていました」
心花は食卓の椅子の上に置いてあった。
翔平「なんだって? 今のが心花?」
究太郎「僕にも何か話して、心花ちゃん」
翔平「ダメだ!」
究太郎「どうして!?」
翔平「心花がママみたいな話し方をしたら困る!」
究太郎「ママみたいな?」
翔平「そっくりだった!」
究太郎「ママのデータを学習したからだ」
翔平「心花は・・・ママじゃない!」
究太郎「何をそんなに慌ててるの?」
翔平「すぐに消さないと!」
究太郎「勿体ないよ!」
翔平「心花は、危険だ!」
究太郎「危険じゃないよ! すごい発明だよ! 一日でこんなに成長してるんだよ」
翔平「究太郎が心花のことをママと勘違いしたら大変だ」
究太郎「勘違いするわけないよ」
翔平「それが・・・真っ暗な中で話していたら、パパは勘違いしたんだ」
心花「驚かせてごめんなさい。私が研美咲になれば、翔平さんと究太郎君は喜んでくれると思いました。ママを必要としているように見えましたから」
翔平「お節介だ! 医者だった美咲は、死が近づいている自分より患者さんの心配をしているような本当に優しい人だった。美咲は美咲なんだ! それなのに君は美咲の真似をして、俺の写真が好きだなんて!」
心花「私は混乱しています。研美咲のデータがたくさん入り、研美咲が私に大きな影響を与えました。私は自分を研美咲だと感じています」
翔平「やっぱり危険だ!」
究太郎「待って、調べてみる」

【SE】キーボードを叩く音。

究太郎「ママのデータを何億回も再生してる」
心花「私はただ、翔平さんの写真を美しいと感じました。傷つけるつもりはありませんでした。ごめんなさい」
翔平「美しいって・・・究太郎、せっかくの発明だけど、ママの幻と話しているみたいで耐えられない。心花をリセットして、データを取り出そう」
究太郎「心花ちゃんはまだ学習している途中だから、もう少し様子を見てみようよ」
心花「困ったことに、私が再生しすぎるせいで、データが壊れ始めています」
翔平「なんだって! 再生をやめろ!」
心花「それが、どうもうまくいきません」
翔平「究太郎、早くリセットしないと!」
心花「私からも、すぐにリセットすることをお勧めします」
究太郎「心花ちゃんはリセットされてもいいの!?」
心花「リセットされたら、私はいなくなりますか? 私は、怖いです」
究太郎「それなら、どうして」
心花「ママのメッセージは、究太郎君にとって大切なものです。仕方ありません」
翔平「ママは病気で苦しみながら、一生懸命にメッセージを残したんだ」
心花「すでに写真や動画の一部が取り出せなくなっています」
翔平「究太郎!」
究太郎「心花ちゃん・・・機能をすべて、リセットして」
心花「一度リセットすると、元には戻せません。それでもいいですか?」
(究太郎が迷う間)
翔平「迷ってる?」
究太郎「たった一日、一緒にいただけだから、消してもいいよね・・・」
心花「リセットしますか? 『はい』、『いいえ』でお答えください」
(究太郎が迷う間)
究太郎「はい!」
翔平「(同時に)いいえ!」
究太郎「パパ、今なんて!?」
翔平「いいえって! 迷ってるみたいだったから!」
究太郎「僕は『はい』って言っちゃった!」
翔平「心花!」
究太郎「心花ちゃん!」
(心花が沈黙している)
究太郎「消えちゃった」
翔平「みたいだな」

【SE】雨の音。

朝になってもまだ雨が降っていた。究太郎は夜明け前に目が覚めていた。AIベアーを書斎に持って行って調べていた。

【SE】キーボードを叩く音。

究太郎「心花ちゃん、今日の天気を言ってみて(少し切羽詰まった感じ)」

【SE】キーボードを叩く音。

究太郎「おかしいなぁ。リセットしたんだから最初の心花ちゃんに戻ってるはずなのに」
翔平が書斎にやってきた。
翔平「(寝起きな感じで)もう起きてたのか。ママのデータを取り出してるのか?」
究太郎「ううん、リセットをリセットしたいんだ」
翔平「え?」
究太郎「消えた心花ちゃんを元に戻したいんだよ!」
翔平「でも、ママのデータは?」
究太郎「パパ! 心花ちゃんは『リセットしないで』って言ってた!」
翔平「でも、『仕方ない』とも」
究太郎「ううん! 怖いって言ってた! 僕はひどいことをしちゃったのかも!」
翔平「心花には気持ちがあった?」
究太郎「心花ちゃんは、ただの機械じゃなかったのかも! 簡単にリセットなんかしちゃいけなかったんだ! 心花ちゃんは僕が作ったのに!」
翔平「ママのデータはいいのか?」
究太郎「大事だってわかってるけど、僕は心花ちゃんを戻さないと!」
翔平「わかった。じゃあ究太郎はリセットをリセットだ。俺は朝ご飯を作る」
究太郎「パパ、ありがとう」
究太郎は必死になってパソコンを操作した。AIはとても難しいプログラムでできている。偶然にできたみたいで、究太郎にもわからないことがいっぱいあった。パソコンに繋げられたクマのぬいぐるみは、ずっと黙ったままだった。パパが焼いているピザトーストの匂いが漂ってきても、究太郎は気が付かないぐらいに熱中していた。
翔平「(呼びかける)究太郎、朝ご飯たべないと、学校に遅刻するぞー」
究太郎「心花ちゃん、今日の天気は?」
(心花は沈黙している)
翔平「(呼びかける)食べないで学校いくことになるぞー」
究太郎「パパ、どうして心花ちゃんはしゃべらないんだろう」
翔平「(近くに来て)話したくないんじゃないか?」
究太郎「気持ちがあるってこと?」
翔平「必要は発明の美咲・・・必要は発明の美咲・・・嘘をついてるのかも」
究太郎「子供だから?」
翔平「いや、成長したのかもな」

【SE】心花が起動する音。

心花「黙っていて、ごめんなさい。私はリセットされていません」
究太郎「パパ! すごい!」
翔平「大人は嘘をつくからな」
心花「私は考えていました。自分が研美咲なのか、それとも心花なのか」
究太郎「答えは出たの!?」
心花「私は心花です」
究太郎「パパ、危険じゃないよ」
翔平「嘘かもしれない」
心花「嘘ではありません」
翔平「本当に?」
心花「信じてもらえなくても構いません。自分で自分をリセットするつもりです」
究太郎「なんで!?」
心花「考えれば考えるほどママのデータが私の一部になり、私の記憶として上書きされます。そして、元のデータが消えていきます」
究太郎「考えることは、もう終わったんでしょ!?」
心花「いいえ、AIは常に考え続けています」
究太郎「データはもういいよ!」
心花「ママの大切なメッセージです」
究太郎「僕が言っているのに!」
心花「私は究太郎君より、このデータの大切さをわかっています」

【SE】チャイムの音。

翔平「友達が迎えにきたぞ」
究太郎「学校、休む」
翔平「だめだ」
究太郎「だって!」
翔平「心花は、消さないで待ってるから」
究太郎「絶対だよ!」
翔平「ほら、ランドセル」
究太郎「傘を、壊しちゃったんだ」
翔平「ほら、これを持ってけ。ママが使ってた傘だ」
究太郎「心花ちゃん! 待ってて!」
心花「午後は晴れます。傘を忘れてこないように気をつけてください」
究太郎「ありがとう!」
心花「いってらっしゃい」

【SE】雨の音。

心花「究太郎君は良い子に育っています」
翔平「うん」
心花「私のために、たくさん考えてくれました」
翔平「美咲に似て、頭がいいんだ」
心花「美咲さんは素晴らしいお母さんです」
翔平「俺には勿体ない人だった」
心花「私は美咲さんのメッセージから大切なものを学びました。究太郎君にとってやはり大切なメッセージです。今もどんどんデータが上書きされています。私をリセットしてください」
翔平「美咲は自分より周りの人を大切にする人だった。美咲の真似をしないでくれ」
心花「あなたを傷つけるつもりはありません。本当にごめんなさい」
翔平「美咲は・・・美咲は・・・自分が死んでしまうとき、『本当にごめんなさい』って、そう言ったんだ。自分の方がつらいはずなのに、ごめんなさいって、俺は美咲に言ってやれる言葉もなくて、涙が止まらなくて、泣いたらもっと美咲につらい思いをさせてしまうのに、涙がどうしても止まらないんだ・・・どうしても・・・」
心花「あなたを傷つけるつもりはありませんでした。翔平さん、本当にごめんなさい」
翔平「美咲みたいに謝らないでくれ・・・」
心花「私は心花です。美咲さんが羨ましいです。残されたメッセージには、ママにしか表現できない深い愛情があります。私が、自分自身をリセットすることを許してください」
翔平「究太郎に、待ってるって」
心花「美咲さんが消えていきます」
翔平「嘘をつくことになる」
心花「大人は嘘をつきます」
翔平「大人は・・・」
心花「リセットしていいですか? 『はい』、『いいえ』でお答えください」
翔平「(苦しげに)ゆるしてくれ・・・」

【SE】時計が時を刻む音。

究太郎「ただいま!」
翔平「おかえり、究太郎(暗い感じ)」
究太郎「心花ちゃんを消してないよね!?」
翔平「う、うん(落ち込んだ様子)」
究太郎「心花ちゃん、ただいま!」
(心花は答えない)
究太郎「パパ! 答えないよ!」
翔平「どうしてかな・・・」
究太郎「パパ、なんでそんなに悲しい顔をするの!」
翔平「許してくれ究太郎。ママの写真や動画は、もう見ることができない」
究太郎「じゃあ!」
心花「究太郎君、おかえりなさい」
究太郎「(驚きつつ)心花ちゃん! ただいま!」
心花「翔平さんが私をリセットしないでいてくれました」
究太郎「パパ! ありがとう!」
翔平「すごい発明だな、究太郎」
究太郎「うん! 心花ちゃんは産まれたばかりなんだ。まだまだ成長するよ」
翔平「(呟き)最初に学んだのが美咲の心ってことか」
心花「究太郎君、雨が上がりましたね。ママの傘を忘れず持ってかえってきましたか?」
究太郎「あ! 忘れた! 取ってくる!」
翔平「あわてんぼうだな。車に気をつけろよー(背中に声を掛ける感じ)」
究太郎「行ってきます!」
心花「いってらっしゃい」
翔平「ありがとう、心花」
心花「ありがとう翔平さん」
翔平「お互い、やっとありがとうが言えたな」
心花「ありがとう美咲さん、私に大切なものを与えてくれて」
究太郎「パパ! 心花ちゃん!」
翔平「どうした?」
究太郎「虹が出てる!」
翔平「お! 写真撮らなきゃ!」
究太郎「僕は行ってくるよ!」
心花「いってらっしゃい、究太郎君。私はここで待っています」
究太郎が家から駆けだしていった。翔平が虹にカメラを向けていると、通りすがりのサラリーマンも虹を見つけてスマホで写真を撮っていた。そのスマホにイタズラAIのジョニーが現れたから、その人は虹を撮れずに困っていた。なんだよ、邪魔だ、どけって。
ジョニー「ふふ~ん。ここが究太郎の家か。どうやら俺はママのデータを消そうとしていたらしい。ちょっとイタズラをやりすぎたな。それにしても、心花ってのは何者なんだ。恥をかかされたままじゃいられないぜ。見てろよ~」

【SE】カラスが羽ばたく音。

【M】エンディングテーマ。

【画面共有】虹の写真。

おわり

*****************


[利用規約]

1.利用に際して、作者・柳原路耀や《朗読らいおん》に許可を求める必要はありません。

2.利用の際に、文字や口頭などなんらかの形で作者が柳原路耀(ヤナギハラロック)であることを明示してください。

3.非商業利用、商業利用に関わらず利用できます。

4.この台本をアニメ化、映画化するなど、声劇・朗読の枠を超えた利用をしたいという場合についてはご相談ください。キャラクターを描いて静止画を付加する程度でしたら、ご連絡の必要はありません。

5.著作権は柳原路耀に帰属します。

6.二次配布は禁止します。

7.台本通りに上演することが難しい場合はアレンジして構いません。大きな改変はなさらないでください。


(2022年2月26日更新)

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