深海調査艇「しんかい2000」をモデルにしたコメディです。
操縦士の男、女、年配の学者の3人で深海を調査していると、危険な巨大エイに遭遇する。3人は生きて戻れるのか――!?
登場人物3人と、「語り」があります。
3~4人での朗読に適しています。
長さは10分強です。
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電撃テキ
柳原路耀(ヤナギハラロック) 作
[登場人物]
瀬戸航洋(せと こうよう) 31歳 潜水艇操縦士
梶川渚(かじかわ なぎさ) 26歳 潜水艇副操縦士
江原譲(えはら ゆずる) 64歳 海洋生物学者
語り
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読み方の補足
わたつみ2000(にせん)
わたつみ6500(ろくせんごひゃく)
[以下本文]
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潜水艇『わたつみ2000』。
直径2メートルの球体の内壁(ないへき)に、操作パネルがびっしりと並んでいる。パネルの計器の数字が、251、252、253と増えていく。内壁の四カ所に小さな円い窓があり、プランクトンが上へ上へと流れていくのが見えている。床の部分は平らになっていて、青いツナギを着ている三人の潜水艇クルーが、あぐらをかいて座っていた。瀬戸航洋(せとこうよう)はマリンキャップを斜めに被り、潜水艦を題材にした漫画を読んでいた。
瀬戸「なるほど~、そうきたか~」
渚 「先輩、漫画の感想を口に出すのやめてもらえます?」
短い髪で、一見すると男に見える梶川渚(かじかわなぎさ)。
渚は、集中を妨(さまた)げられてイラついていた。
瀬戸「何おまえ、わたつみ6500のマニュアルを読んでるのか?」
渚 「当たり前じゃないですか。あ、先輩もしかして、試験を受けないつもりですか?」
瀬戸「受けるよ。でも、雰囲気で答えとく」
渚 「雰囲気? 絶対受かるわけないじゃないですか」
瀬戸「幾ら点数を取ったって、わたつみ6500には今のクルーが継続して乗るに決まってる。チマチマ努力したって無駄だ」
暗い海の中を、全長10メートルの潜水艇が、正面と両脇のライトを点けた状態で沈んでいく。船体には『わたつみ2000』の文字。海中を漂う白いプランクトンが上へ上へと流れていく。
江原譲(えはらゆずる)はヘッドホンをして、タブレットで動画を見ていた。動画のタイトルは『NHKスペシャル深海の超巨大イカ』。一躍脚光を浴びた調査グループにライバル心を燃やし、潜行中にはいつもこれで集中力を高めているのだった。
江原が顔を上げると、瀬戸と渚が会話をしているのが見えた。ヘッドホンをしているせいで、何を言っているかは聞こえない。
渚 「江原教授は、エイの研究がいつかは世間に認められると、腐らず努力を続けています。私も教授を見倣って、先輩が言うようなチマチマした努力を続けます」
瀬戸「大事なのは努力より才能だろ」
渚 「そう言えるのは男だけで、女が上を目指すには男以上の努力が必要です」
瀬戸「考えすぎだ。あぐらをかいて座っているおまえを誰も女と思ってない」
渚 「潜水艇が男の基準で設計されているから、努力して男になったんです」
瀬戸「へぇー、努力家なんだねぇ」
渚 「ほんとムカつく人ですね」
計器の数字が2000に近づいていく。江原がヘッドホンを外した。
江原「潜る間ずっと話が尽きないんだから、君たちは本当に仲がいいね。もしかして付き合っているのかね」
瀬戸が膝立ちの姿勢でパネルを操作しながら、
瀬戸「こんな男みたいなやつと付き合うわけないじゃないですか。この間の飲み会で、俺、こいつに殴られたんですよ」
渚もパネルを操作しながら、
渚 「先輩が胸を触ったからじゃないですか」
瀬戸「つまづいた拍子に当たっただけだろ」
渚 「あれは、わざとでした」
瀬戸「あのときの凄まじい殺気で、こいつとは付き合えないな、と確信した」
渚 「それまでは付き合えると思っていたんですか?」
瀬戸が、ボタンを押しながら声を張り上げた。
瀬戸「バラスト放出!」
わたつみの底部が開き、ゴルフボール大の鉄の玉が、ゴロゴロいくつも落ちていく。
わたつみの潜水が止まった。
グロテスクな姿をした魚が、わたつみのライトに照らされながら通り過ぎていく。
モニターを注意深く眺めていた瀬戸は、発光するエイを逸早(いちはや)く見つけた。
瀬戸「教授、見慣れないやつが右舷(うげん)にいます」
江原が、窓の一つに張りついた。
江原「なんと、あんな光りかたをするエイは初めてだ。すぐに録画してくれ!」
5メートルはあろうかという巨大なエイがそこにいた。エイは七色に光り輝き、羽ばたくようにして悠々と泳いでいた。
わたつみのカメラがエイを追った。
江原「瀬戸君の提案通り、限界深度2000メートルまで潜ってみたら、こんな大発見に出会うとは。これは、ダイオウイカを超えたかもしれん!」
瀬戸が親指を立てる。そして渚に向けて、勝ち誇った笑みを浮かべた。
江原教授は、窓に張りつきながら、興奮した声を出した。
江原「あれはシビレエイの仲間だろうか。渚くん、録画は大丈夫か!」
渚 「はい、ちゃんと録画してます」
瀬戸「教授、わたつみ6500に乗れば、もっと深いところを調査できますよ。そのときは俺を操縦士に指名してくださいよ」
江原「わかった。使用許可が出たら必ず君を指名しよう」
瀬戸がマリンキャップのツバをなぞる。渚に向けてほくそ笑む。
渚は必死でイラつきを抑えていたが、モニターに入ってきたものを見て、それどころではなくなった。
渚 「前方にダイオウイカがいます」
ダイオウイカが、わたつみの照明に浮かび上がった。足の束を伸縮させてみるみる接近してくる。窓に張りついていた江原教授は、全長を8メートルと目算(もくさん)した。イカは潜水艇を横切り、足の束を傘のごとく開いてエイに掴みかかった。足を絡ませ、吸盤は吸いつくどころか噛みつく勢いのイカに対し、エイは全身をきらめかせて応えた。わたつみのライトに照らされていながら、はっきりと区別できる強い発光だった。
渚 「あ!」
渚が、パネルから手を引っ込めた。
瀬戸「どうした」
渚 「漏電です!」
瀬戸「なんだって」
渚 「異常箇所の点検を開始します」
渚が計器を調べ始めたとき、瀬戸は、壁に腕を押し当てて、窓からエイを見た。
瀬戸「まずい! 全速退避!」
瀬戸は叩くようにパネルを操作した。
江原「何を言うんだ! 大発見を前にして!」
わたつみのスクリューが回り出したとき、エイが再び強く発光した。
ダイオウイカの足がエイから弾き飛ばされた。そして、折れた傘のごとく生色(せいしょく)をなくし、海の底に沈んでいく。
わたつみのライトが消え、唸っていたスクリューも静かになった。
天井の照明が消え、一度真っ暗になった。それから、赤い照明に切り替わる。
江原「新種の巨大エイは電気エイだったようだ。ダイオウイカを感電させた瞬間は録画できたかね」
渚 「その前にシステムが落ちました」
瀬戸「とにかくここにいては危険です。バラストを放出して浮上します」
江原が口惜しそうに窓を覗いた。
江原「後ろ髪をひかれるが仕方がない」
瀬戸が緊急浮上ボタンを押そうとすると、全ての照明が消え、真っ暗になった。
沈黙する球体内部。
瀬戸は懐中電灯を取り出し、自分の顔を下から照らした。
渚は震える声で言った。
渚 「笑えません」
瀬戸「LEDのライトは眩しいから下から照らすしかないだろ、ほら」
瀬戸が、懐中電灯を渚の顔に向けた。
渚が眩しさに顔をしかめる。
渚 「よくふざけられる! 補助電源が落ちて深海に閉じ込められたんですよ! 酸素が尽きたら私たちは死ぬんです!」
瀬戸「訓練を受けていない教授の前でマニュアル通りのことを言ってほしくなかった」
瀬戸が江原の顔を照らした。
江原の顔は恐怖に引きつっていた。
江原「無線で助けを求められないのかね」
瀬戸「残念ながら」
江原が瀬戸に掴み掛かった。
江原「じゃあ、この発見を持ち帰られないのかね!」
瀬戸「教授! 落ち着いてください!」
江原は瀬戸から懐中電灯を奪い、窓に張りついた。
江原「酸素がなくなるまで研究をさせてくれ」
エイは、電源が落ちて沈黙しているわたつみの、すぐ隣にいた。その目に懐中電灯の光が入ると、反応して微かに発光した。
すると、球体に電気が走った。天井の赤い照明が、一瞬だけ点灯する。
瀬戸は飛び上がってお尻をさすった。
瀬戸「教授、あなたの努力に感謝します!」
瀬戸は、拳で窓を叩きながら叫んだ。
瀬戸「ダイオウイカを倒したぐらいで調子に乗ってんじゃねーぞ! かかってこい!」
赤い照明が明滅した。
瀬戸「殺気が足りない。教授、渚を照らしてください」
江原は、理屈を考える間もなく、懐中電灯で渚を照らした。
瀬戸が両手を突き出して、渚の胸を掴んだ。
渚が絶叫する。その声は、球体を突き抜け、深海に響き渡る。逆上の鉄拳が瀬戸の顔面を貫き、マリンキャップが吹っ飛んだ。
窓の外が七色に輝き、電気が走る。
三人の髪が逆立ち、赤い照明のせいで顔が真っ赤に染まった。
電気、鉄拳、渚のやわらかい胸――
瀬戸はあれやこれやに痺(しび)れながら、緊急浮上ボタンを押した。
おわり
※「わたつみ」とは、海神のことです。
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(2023年6月14日更新)
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