このページでは[第四回 U35京都朗読コンテスト]の課題テキストを群読用に編集したものを掲載しています。
『応援朗読投稿』をする際の群読の一例としてご活用ください。
※このページに掲載されているテキストは、コンテストを主催する《朗読表現研究会》様より許可を得て転載しています。2025年8月11日までの期間限定での掲載となります。
<もくじ>
・観覧車
・朝の走者
・ワンダーランド(準備中)
観覧車
(3人で朗読できるように色分けされています。振り分け作成:夜羅)
『観覧車』池田久輝(いけだひさき)
目の前の係員は首を傾げ、目を見開いていた。
「またか」そんな囁きが聞こえるようだった。
背が高く、やけに姿勢のいい若い男である。
サカイはその係員に応じるように頷き、再びゴンドラに乗り込んだ。
一度目、男は微笑を浮かべた。
そして、二度目は疑問を覗かせた。
きっと三度目は警戒心をおぼえることになるだろう、サカイはそう思った。
係員の反応はまったく正常だった。大の大人が一人で観覧車に乗る。
しかも続けて二度。不審に思わない方がおかしい。
三度目は彼に事情を説明しようか、そんなことを考えながら、サカイは浮上するゴンドラの中で緑と灰色の風景を眺めていた。
電話があったのは昨日のことだった。「明日の午後四時。観覧車で」それだけを告げると電話は切れた。女性の声だと思うが、名乗りもしなければ、具体的な依頼内容もない。
いや、そもそもこれはサカイへの依頼の電話であったのかどうかも判断できなかった。
しかし、サカイは言われた通り観覧車に乗ることを選んだ。
ゴンドラは頂点を通過し、空を下降しはじめる。
一度目、サカイは必要以上に周囲に目を配った。
電話の主がどこからかこちらを見ているのではないかと考えたのだ。
二度目は自嘲した。ありきたりの悪戯だったかと思うようになっていた。
そう考えるのがもっとも自然であるような気がするし、また、そう決めつけることで、この観覧車から離れたくもあった。踊らされた私を影で笑っていようが構わないさ――サカイはふんと鼻を鳴らすのだった。
地上に到着すると、係員の男は憐れんだような笑みを頬に染み込ませていた。
その表情が気にかかった。
「もしかすると、きみなのか? 私の依頼者は」
「依頼者?」
彼は一度目と同じようにまた首を傾げた。
「なんだかよくわかりませんが、たった一人で二度も観覧車に乗るなんて――」
サカイは彼を見つめ、似たような笑みを返した。
「何がいいだろう」
「え?」
「失恋したという理由はどうかな」
「失恋ですって? お客さん、そんな感傷的な人には見えませんが……あ、失礼でしたか」
「いいや、別に」
彼はすまなそうに少し腰を折り、取り繕うように言った。
「でも……否定できない面もありますね。この仕事をしていると、そんな人をたまに見かけます」
「きみもその一人?」
「まさか。僕は失恋しても絶対に観覧車なんか乗りませんね。だって、同じところに戻ってくるんですよ。数分前と何も変わらないこの場所に」
「だったら、もしきみが失恋したならどうするんだ?」
「そうですね」と、彼は回転するゴンドラを見上げた。
「僕だったら、手当たり次第、知り合いに電話をかけて、くだらない話をして憂さを晴らすかな」
「じゃあ私は、そうして憂さ晴らしに付き合わされた一人なんだろうな」
「――え?」
サカイはぽかんとしている係員を見つめ、そして言った。
「もう一度、乗っても構わないか」
三度目の彼の顔には警戒ではなく、困惑が貼りついていた。
それは、サカイが今もっとも浮かべたい表情でもあった。なぜ三度も観覧車に乗るのか自分でもよくわからない。
ゴンドラは夕暮れの中を揺れ続け、また同じ場所に戻るだろう――。
(了)
※テキストの転載にあたり、振り分けをわかりやすくするために体裁を調整しています。
朝の走者
(3人で朗読できるように色分けされています。振り分け作成:一朔瑞希)
『朝の走者』池田久輝(いけだひさき)
突然、目が覚めた。辺りはまだほの暗い。
早朝の空気。冷たい透明感。僕の部屋はぴんと張り詰めたように澄んでいた。
夢を見ていたのかもしれない。いや、眠っていたのかどうかも怪しい。とにかく僕はベッドから飛び起き、ふと気付くと、誰もいない朝の中を懸命になって駆け出していた。
どこへ向かおうとしているのかまったくわからなかった。ただただ何かに衝き動かされているような感覚だけが全身を駆け巡っていた。
靴底がアスファルトを蹴る。その度に湿った固さを感じる。
不思議と汗が出なかった。そして、まるで疲れる気配もなかった。わけがわからないまま、それでも僕は走り続けた。
背後から追ってくる足音を聞いたのは、どれくらい経ってからのことだろう。いや、もしかすると走り始めた時からうしろにいたのかもしれない。
僕が気付かなかっただけかもしれない。それくらい背後の足音は僕のものとぴったり重なっていた。
立ち止まろうかと思った。振り返ろうかと思った。けれど、どちらもしなかった。
怖かったわけじゃない。追ってくる足音の正体がなんとなくわかっていたからだ。
同じリズムを刻む足音。そして息を吐き、吸い込む呼吸音まで僕とまったく同じだった。
そう、背後にはもう一人の僕がいる。昨日の僕?
いや、「明日の僕」に違いない。その足取りはとても軽やかで、今にも追いつき肩を並べようとしている。
明日の僕が今日の僕を追い越していく。
真横から規則的な息づかいが聞こえる。
そこで初めて僕は視線を振った。
「え!?」思わず声が出た。
そこにいたのは明日の僕じゃなかった。
「おはよう」
彼女だった。
僕が想いを寄せる彼女の横顔がそこにあったのだ。
「もうちょっと急いだ方がいいね。先に行って待ってるから」
彼女はそう言って一歩先を駆ける。
そして二歩、三歩。
あっという間に遠ざかる彼女の背中。
そうか――こんなに朝早く僕を衝き動かしたのは彼女への想いだったのか。
懸命になって彼女を追いかけた。でも、追いつけない。
彼女の姿が小さくなる。どんどん小さくなる……。
と、見覚えのある背中が目の前に現れた。
まごついたような重い足取り。少し肩を落としたシルエット。
彼女じゃない。それは間違いなく「昨日の僕」だった。
「やあ、今日は調子が良さそうだね」と、昨日の僕が言った。
「そうみたいだ。それにしてもなんだか弱々しいな、昨日の僕は」
「あと一歩が踏み出せなかったからね」
「知ってるよ。よく知ってる」
「でも、今日の様子だと大丈夫そうだ」
「うん、そうだといいな」
僕はそう答え、昨日の僕を追い越した。
アスファルトを蹴り上げる。スピードを上げた。早く、もっと早く――。
小さな彼女の姿が見える。
この先で彼女は待っている。
急がなきゃ――
彼女に想いを届けるために。
(了)
※テキストの転載にあたり、振り分けをわかりやすくするために体裁を調整しています。
星空の余韻
(3人で朗読できるように色分けされています。振り分け作成:梧桐ゆぅ)
『星空の余韻』中村理聖(なかむらりさと)
涼やかな風が頬をなぞり、夏の夜空を見上げる。雲一つない闇に、月明かりが浮かんでいる。人気のない駅のホームで、私と隆宏(たかひろ)はベンチに座り、すでに二本、電車を見送っている。私は彼の手を握って、自分一人が寂しがっているような気がした。
「あっちは寒いんでしょう。そんなに身軽で平気?」
「大丈夫、梨香(りか)は本当に心配性だな。毎日連絡するよ。今日も元気に過ごしてますって」
「無理しなくていいよ。仕事が大変だろうし」
「そんなことないよ。これからもたくさん話そう、会えないぶん」
精一杯の笑顔を取り繕い、私は「ありがとう」と言う。隆宏は電車と飛行機を乗り継いで海外の転勤先に戻り、しばらく会うことが叶わない。会えることが当たり前でなく、別れ際はひどく寂しい。けれど、彼に笑って欲しいと願うほど、私は口をつぐむ。
「冬休みは、隆宏のところに遊びに行くね。いっぱい写真を撮って、思い出を作って」
「そうだな。てか、そろそろスマホ変えなきゃ。写真で容量がパンパンになって。ほら」
時折、通り過ぎる車の音を聞きつつ、私は隆宏のスマホを覗き込む。
画面に映し出されたフォトアルバムは、二人で出掛けた場所や過ごした季節で埋め尽くされている。けれど、ある時を境に見知らぬ街の写真が増え、恋人の充実した生活が遠く感じられた。
「もう行かなきゃ。飛行機の時間、間に合わなくなるし」
「うん、行ってらっしゃい。身体には気を付けて」
その時だった。電車が近づく音が聞こえ、遮断機が下りる。隆宏は手を握ったまま立ち上がり、遠くにある光の塊を見る。別れの瞬間が迫っていた。
真昼の蝉しぐれはいまだ止まず、冬はあまりに遠い。私は名残惜しさを堪えて彼と抱き合い、広い背中を見送る。乗客がほとんどいない電車に乗り込む恋人は、切なげな表情を顔に浮かべた。
ドアに遮られた時、私はとっさに電話をかける。電車は星に導かれるように、夜更けの街を走っていった。
「ごめん。別れたそばから、寂しくなって」
「うん。こっちこそ、ごめん」
「さっきまで、一緒だったのにね。ほんと、ごめん」
スマホを耳に押し当て、隆宏の声に身をゆだねる。私達はお互い、謝ってばかりだ。そう伝えると、彼は「ふふっ」と笑い、しばらく黙り込んだ。
「星が綺麗だよ。見える? 明日も晴れそうだな」
電車が揺れる轟音が響いた時、ふと、隆宏がビデオ通話に切り替える。画面に映ったのは真っ暗闇で、頭上のきらめく星空とは随分違っていた。
「そうか、スマホじゃやっぱり伝わらないか」
スマホが熱を帯びていた。話しながらスマホのスケジュールを見ると、隆宏の誕生日や付き合い始めた記念日が登録されている。画面越しに祝う二人の未来を思う。
聞き馴染んだ声が夜道の静けさを包み、私はまぶたの中ではにかむ恋人を描いた。星の輝きを声と指でたどりながら、私達は互いの日常へと歩いてゆく。
(了)
※テキストの転載にあたり、振り分けをわかりやすくするために体裁を調整しています。
ワンダーランド
※『ワンダーランド』の振り分け台本は鋭意準備中です。
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